湖山泰成氏の特別寄稿論文「銀座から全国展開 地域差時間差経営」

キーワード:健康・ヘルスケア

湖山泰成氏から本サイトに特別寄稿して頂きましたので、今日はその寄稿文をご紹介したいと思います。どうもありがとうございました!湖山医療福祉グループは巨大にして権限委譲がとても上手にいっている面白い経営スタイルをとってらっしゃいます。その経営手法に関する寄稿で御座いますので、医療・介護ビジネスに関する記事として非常に勉強になる思いです。今後も本サイトに寄稿されたい方はinfo@cnxt.jpまでご連絡を下さい。
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湖山医療福祉グループ概要

医療法人・社会福祉法人・NPO法人・株式会社など22法人で構成され事業所数278、サービス拠点153、ベッド数2364床。2900人以上のスタッフが在籍している。

銀座で誕生し、地方で展開

湖山医療福祉グループは銀座で唯一の救急病院として始まった。しかし、都会で77床の救急病院では採算が全く合わず、病棟を廃止し医院に転換した。病棟スペースに人間ドックセンター、また、近年は「銀座にも老人過疎がある」と、デイサービスを開設して、総合外来センターとして、銀座最大規模の医療センター「銀座医院」として、生まれ変わった。銀座の街の変化に合わせて、病院のあり方そのものも変化(メタモルフォーゼ)する。湖山グループの経営手法の特徴を「自らを変える湖山のDNA」と称するが、銀座病院の転換が原体験となって今に繋がっている。また、事業を縮小した場合はそれ以上の新しいサービスを作り上げていく積極性も同じである。医療事業は拡大よりも縮小の方が倍資金がいるとの経験もした。都心は保健医療だけでは経営が難しく、美容、心療内科クリニックが増えており、当院も昨年(平成17年4月より)美容皮膚科も開設した。都心は大学病院など、公的医療機関が多く、民間中小病院はほとんど、外来センター化した。土地建物コストが高すぎるのは勿論、最新鋭の設備を要求されることに対応できないからである。

銀座は日本一経営環境が厳しい。

一般保健医療のみでは経営が苦しく、最近は化粧品やエステ企業の資本提供を受けたすばらしい専門性を女性に絞ったクリニックが開設されている。
銀座の街並みはバブル崩壊後、衰退するどころか、外国ブランドショップが立ち並び、日本の銀座から、世界の銀座となり、ますます独自の高い地位を築きつつある。クリニックも、街の変化にあった、新しい、企業資本の医療機関が増え、旧態前の個人医療機関は高齢化、古いビル設備の中、ますます苦しい状況が予想される。

医療はすでにコモデティになった

昨年、四谷でセコムの人間ドックセンターが鳴り物入りで開業したが、マスコミがこぞってとりあげたのは、レストランミクニがドック受診者に食事を提供することのみであった。最高の設備、優れた医療スタッフが充実しているのに、それらについては一切関心が持たれない。東京都心においては、最高の設備、検査精度、優秀な医師も、最新鋭であたりまえであり、差別化にならない。新設の中小病院で成功している山王病院も、優れた医療は当然だが、ホテル以上の個室、食事があってのことである。国際医療福祉大学というバックがあって可能なことで、個人民間では、財政的に不可能に近い。医療は設置産業であり、これからも今まで以上に資金力、財政基盤が要求される。医師個人の力ではもはや不可能である。

医療にプラスワン

医療が、大学、ホテル、老人ホーム、スポーツクラブと連携、複合化し、他との差別化を図る。しかし、経営面での実態は、顧客確保である。集客、顧客管理のコストの低減化である。だから、サービスを専門特化するのは、かえってもったいなく、一人の顧客に一分野の医療サービスだけではなく、介護保健施設、福祉施設、老人ホーム、グループホーム、デイサービス、在宅と、裾野を広げて、全医療介護サービスを提供する百貨店方式をとっている。その方が、顧客にとっても至便である。一つの施設体系、看護体系に対して、厚生省は7年以内に収益を縮小させるので、常に新しい施設体系に積極的に取り組む。最初の2年位は赤字で苦しむがその先は成長集部門になる。但し、7年ともたないことを覚悟しなければならない。

介護保険事業は拡大

国は総医療費抑制で単価を下げてくるが、老人人口は増えるので、事業拡大・施設拡大で最低利益を確保していかざるを得ない。施設を増築する際に、休館を個室ユニット化に改装する。それ以外に改築改装の原資を得る方法はない。

医療はコアであり、先鋭化

医療事業は良くて、利益ゼロになると思う。だが、人の命を預かる医療がコアにあって、大企業株式会社のサービスに対抗できるのである。病院の施設体系においては療養型がなくなるなど、医療提供施設の経営に余裕が益々なくなるが、そうなればなるほど、病院の医療の価値は高まる。病院だけでの経営は厚生労働省に世界を狭くされる一方であるが、病院と介護保健施設と老人ホームの3施設体系をもっていれば、今後とも厚生省がどのように、区分領域を変えようが、全体としては維持できるはずである。

経営マニュアルは国がもっている

医療介護保健適用施設である限り、経営情報もノウハウもマニュアルも、全て国家作成の国家標準規定である。自分で作っても、その範囲を超えることはできない。厚生労働省が医療フランチャイザーで、民間施設といえども、フランチャイジーに過ぎない。だから、応用運用のたけたところが、強くなる。国の規制の限界をどう超えるかが、経営力である。
既成概念にとらわれず、社会の要請するところの未来をどう俯瞰できるかが、経営者の能力である。

役所が施設の境界区分とルールを変える

今後も、ドラスティックに変えると思われるが、実は、役所が分類区分を変えるだけのことで、実際、今、目の前にいる顧客と必死に働いている私たちの存在は何も変わらないのである。消えてなくなること有り得ない。
既成概念にとらわれず、おそれず、病院だけにとらわれず、ハイブリット施設に生まれ変われるのであれば、むしろ未来は明るい。自ら、変えることのできる法人のみが生き残ることができるであろう。

施設はより個室化、より小規模多機能化

増床工事の際には、個室を原則とし、施設は在宅拠点となるべく、より小規模のものを志向する。施設は無限に住宅に近くなり、老人ホームはより機能を併設し、病院に変わらぬ機能を提供するようになる。

すべての施設がホスピスである

私たちの施設に、役所がどのようなラベルを張り替えようが、病院であっても、グループホームであっても、利用者ご本人やご家族が、望むならば、こちらから追い出すことはしてはならない。人生を全うする最期の日まで、寄り添うのが私たちの使命である。死を看取ることを逃げてはならない。長期入院入所は一般的には施設経営を悪化させるが、経験的には施設稼動が高まり、家族の信頼、地域での信用が高まるので、赤字にまで悪化することにはならない。利益拡大のためのみに、患者様を追い出したり、都合のよい利用者を選別したりすることは、長期的には利にならないと考えている。医療費改正ごとにシュミレーションをしたところで、各施設の能力も利用者も都合よくコントロールはできないし、また、そうすることのエネルギー、コスト、トラブルは得るものより大きいのではないか。診療方針、経営方針の一貫性の保持、職員の信頼の維持の為にも望ましくないはずである。

介護保険においては、毎年2割増は自然増である

介護保険サービスの拡大は著しいので、自然増分のサービス構築収入増大をしなければ、地域において、他の施設が成長するか、新規参入を許していることになるので、相対的に地域における存在価値、マーケットシェアは落ちていることになる。規模の大きなところほど、人材確保、教育に有利である。人材教育事業として、成長は必要命題である。
また、新規事業の為に常に定数より多くの人員を施設で抱えていることになり、常に人員の手厚い体制を維持していることになる。新人教育の負担面もないわけではないが、組織の活性化の見地からも望ましいことである。

私たちは施設経営ではなく、教育事業である

医師看護士パラメディカルは学校での専門教育がしっかりしているが、その上で、ホテルやレストランのようなサービスセンスが必要である。介護施設は20歳の新社会人はほとんどなので、全人格的、社会人教育が必要である。
愛があれば、スキルは必ず身に付く。付いてくる。
同僚に優しくない人間が、患者様利用者にやさしいわけがない。
後ろの上司の指示をまたずとも、目の前のお年寄りがどうして欲しいのかを自分で感じろ。
目の前の患者様のお世話をしたい気持ちが湧き上がらないようならば医療福祉の仕事は止めなさい。
自分の親だったらどうして欲しいか、自分だったらどうして欲しいか考えれば、どうお世話すべきか、わららないはずはない。
利用者は、私たちよりはるか人生の先輩で、お年寄りが私たちを育ててくださる。
天国の門、先に入るも後に入るも、皆同じ。先輩に頼るな。上司にこびるな。
つらいことがあったら、全国の遠いところにある施設の同じ仕事をしている仲間に相談しろ。解決はできずとも、同じ仕事で同じ悩みを抱えていることがわかる。それだけでも気持ちは、軽くなる。

医療は科学であり、介護は文化である

介護はその国の歴史文化によるものである。スウェーデンには北欧の、アメリカには西洋の文化によって培われてきた。日本には日本の文化にあった介護があってしかるべきである。若いうちに海外研修をさせ、そのことに気が付くように教育している。

サービスの極意

高齢者の好みに合わせて、同じものを食べたり、古い歌を歌ったりすることも良いサービスであるが、それよりも、スタッフ自身が本当に好きなものを食べ、好きな歌を陶酔するくらい夢中になって歌ったりして、最高に楽しむことのほうが、同じ時間空間を共有したお年寄りは、一番うれしいと感じることも。本当の家族、友人の関係と同じである。
介護は集団で行うものではなく、個人が個人の魂をこめて、全人格をかけて相手と対峙するものである。定型にできるものではない。集団処遇でできるものでもない。

幹部は毎年、自分と同等のポストをつくらなければならない

若い幹部を施設のトップに抜擢しても、その者が定年になるまで、ポストが空かない。それでは、一部の幹部が、他のスタッフの未来をつぶしてしますことになる。昇格した者は、来年次席を昇格させられるような、仕事、ポストを作らなければならない。それができないようならば、その幹部は交代、降格をさせる。

施設の規模、ベット数ではなく、毎年、理想に燃える若いスタッフ仲間を2割増やすことが目標である

ほとんどが新卒であるから、人員増により、法人全体の平均年齢、人件費率が上がらず、健全経営を維持できる。そうしなければ、昇給停止、パート職に転換を実施しなければならなくなる。銀座病院のリストラの経験から、人を解雇することがどれほど罪深く、つらいことか、トラウマになっている。若者に未来のある職場を保証することが経営幹部の使命であると、認識している。

高齢者を幸せにする成長産業になろう

地方の介護保健施設の開設は、「健康と福祉の町づくり」を大事にする自治体の首長の要請により、「町のお年寄りを町の若者が町の法人でお世話をしよう」をモットーとして進めてきた。社会保障費削減ではなく、町の生活サービス産業育成、町の若者の雇用促進の期待があった。道路や会館に税金を投入するより、直裁に住民の生活を豊かにすることができる。医療介護は、日本全国共通のソフト産業である。

東京と地方の2極経営、時間差経営

都会の方が先に経営環境が厳しくなり、やがて、地方に伝播する。日本のますます厳しくなる医療経営環境と社会の変化を東京で体験しつつ、地方でその経験、センスを生かす。銀座病院と静岡県富士市の湖山病院の収支構造の格差を目の当たりにして、銀座で生き残れる経営力があれば、日本全国どこでも、やっていけるとの自信を得た。でも、そのため、東京は永らく銀座医院のみで、地方展開ばかりすすみ、首都圏の確立が遅れたことは否めない。今までは、都会より、地方の方が、経営的に恵まれていたが、10年先には、地域人口の激減により、田舎では、事業の縮小廃業が相次ぐと想定される。現在地方の大型法人で、先を見越した経営者は介護保険施設中心に、東京進出を図りつつある。在京の法人は財務的に疲弊しており、東京が地方の有力法人で席巻されてしまう可能性がる。

医療と経営の分離、経営担当副院長を任命

もともと、湖山聖道理事長が虎ノ門病院から、銀座病院に移り、診療に専念したいが為に、銀行勤務であった小生が経営担当理事とし、就任したのが、当グループのスタートである。湖山理事長の虎ノ門病院並みの医療を続けながらも、経営的に破綻しないように支えていくことが、経営責任者の立場であった。経営主導で医療を構築したのではなく、院長の医療があって、それをどう採算をあわせせるかということある。最初から、赤字にさせないということが、現実的課題であり、利益を増やすことなどは望みようもなかった。今でも、医療については、医師の専権事項として、小生が口を挟むことはない。良心的な医師による、良心的な医療を信じ、それを経営的に破綻させないよう守るというのが、経営者の医療そのものに対するスタンスである。特に高齢者医療介護は経営者が金儲け主義ではないと信頼を得ることが必要で、積極的医療より、介護と生活リハビリに力を注いできた。湖山病院においては、医師の副院長の他に非医師の経営担当副院長が任命されている。総婦長を看護担当副院長とし、3副院長制にするのが、次の課題となっている。

経営情報の公開から、経営責任の共有へ

全施設の稼動状況一覧表はメールで翌日中に全施設に送られ、常に他施設対比をしている。
収支は月次ごとに全職員に報告される。期末利益は3等分され、3分の1は決算賞与として、かなりの評価による差をもうけて支給される。残りは借金返済と、次の世代の未来を担う新規事業に再投資されるルールになっている。

医療そのものだけでは利益拡大はできない

医療で利益を上げようとする姿勢では、医療スタッフの信頼を得ることはできない。少なくとも心ある優秀なスタッフの意欲を継続させることは難しい。また、現在の医療行政のもとでは、薬価差であろうが、介護保険事業であろうが、利益のでている部門の点数をカットしていくので、収益部門は5年くらいしか続かない。スタッフの給与とホテルコストを払って収支ゼロまで、利益縮小が行政の意向によってなされていく。医療、介護そのものは利益セクター足り得ないのが、日本の現実である。医療や介護が儲かると考えるのは、外部の誤解であり、産業資本や、個人のお金持ちが参入したがることが、ますます、堅実に医療だけをやってきた担い手を苦しめている。良心的な医療介護では給与を払って、利益は残らず、それでよしとするべきである。医療産業で儲けているのは、製薬、検査、機器、建築業者であって、医療法人そのものではない。地方開業医の所得が高いことで国民の誤解を受けているが、医師以外の従業員の所得は低い。それでいて、全国的に医師、看護士ならず、介護スタッフまで、充足できないでいる。当面状況が好転するどころか、ますます人手不足になることが予想される。保険単価が毎年きめ細かく削られ、規制緩和で、企業が、あらゆる形で参入してくるので、今後、民間病院の3分の1はなくなるであろう。収支が合わないばかりか、人手が集まらず、労務倒産もありえる。このような状況では、給与待遇の良い、労働環境、診療方針がしっかりした、病院にしか、スタッフは集まらない。人件費を抑えようとして、かえって、定着せず、新規採用コストが膨大になることが多い。いかに職員が辞めずに働く意欲を持続できるかが、経営収支のほとんどを決している。今までは医師と幹部職員を東京から派遣することが多かったが、今後は地方の新人を介護職員として、首都圏に研修に送ることになるだろう。

一点十円全国均一定価販サービスの矛盾

医療保険は全国一律である。コーヒーの値段だって銀座と小樽は違う。土地代も人件費も要求される品質もすべて違う。全国均一保険である限り、物価の安い地方ほど、利益が上がり、地価物価人件費の高い東京、都会ほど、赤字になる。自由主義経済における神の手による価格ではないので、常に不公正な状態である。

医療介護は現地生産現地販売。地産地消。

銀座でのサービスは銀座で作られたもので、沖縄の病院で作業してまかなうわけにはいかない。現地製造販売である。経営採算を取ることも、地区、施設体系、規模によって、全く違うので、一つとして、同じ経営はない。マクドナルドのような経営手法はとれない。
経営規模がいくら大きくなっても、利益率が上がるわけではなく、コストもリスクも増えるだけである。しかし、都会と地方、医療と介護、施設と在宅、大規模施設、小規模多機能など、リスクヘッジと、様々なカードを持つことにより、きめ細やか経営が可能である。療養病床の廃止のように、昨今、国の政策リスクが増大しているので、単一サービスの事業拡大そのものが、リスクになっている。

天下りの事務管理者はいらない

現場のサービスを経験してきたものが、施設の事業責任者に任命される。ほとんどが女性である。施設経営は男性より、女性の方が自然で有利である。年配男性の天下り的事務長は現状維持安定になりがちである。事業育成はこれだけはもっとやりたいという、現場で、見出される需要とやりたい現場職員の情熱があって、初めて可能なことである。本部とか、役員とかは、財務中心のバックヤード、バックアップにすぎない。

ピラミッドにしないネットワーク経営

病院だろうが、デイサービスだろうが、規模の大小、種別にかかわらず、一施設一責任者で、トップと直接のラインが原則である。階層をもうけて、中間の役員をおくと、役員と現場責任者、東京と現地の間に無責任体制がおきやすい。集団無責任体制の中で、問題対処、行動決定が、先送りにならないように、常にトップが指揮する。
情報、報告、稟議は、メールで関係者一斉同時に送る。また、メールが送られて、48時間、たてば、自動的に承認されたものとみなし、行動実施してよいルールになっている。
ノウハウの提供、共有は、学会発表形式で部門ごとに全国で行う。
介護については、幹部の抜き打ち訪問監査による、サービス評価を行っている。
病院評価機構、ISOなど、可能な限りの評価、セミナー。学会参加を行っている。

非営利法人として完全燃焼する

毎年、利益のほとんどを、社会福祉法人に寄付し、新規施設を開設している。そして、施設の地元の小中学生、東京の美大生を招待し、アートとボランティアの体験をしてもらっている。彼らが、施設の社会の風を運んでくれている。可能な限りの資金を未来にむけて、人的投資を行う。いくら、預貯金を増やしても、借金を返済しても、管理システムを精緻にしても、職員を鍛えても、明日を保証することにはならない。過去の実績も変革の邪魔となる。いつも、貯えのない、ぎりぎりのところまで、自らとスタッフを追い込んで、新天地(新しい施設)に全力を尽くす。後顧の憂いのない、思い切った経営方針をスタッフに徹底的に理解させる。今までの施設はもう、施設体系として、寿命があり、未来は新しい細胞を常に作り続けること以外に、ありえない。常に、自らが受けたいサービスを創造し続ける為に、自らを変えるDNAが未来を切り開いていくと信じている。

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