「ノーマライゼーションなんて無いよ」

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大和ハウス

ノーマライゼーションは福祉の基本理念として広く使われている
言葉だが、そもそもは知的障がいを持つ子どもをもつデンマーク
の母親たちが1950年に提唱した理念である。
「障がいがあっても誰でも参加できて普通に暮らせる社会」とい
う意味だそうだが、デンマークでもスウェーデンでも耳にするこ
とはなかった。視察先の介護施設で訊ねてみても、誰もが首を傾
げ「そんな言葉、使ったことない」。素っ気無い答えが返ってき
たのが実に意外であった。
意外だったことはもう一つある。高福祉国家と形容されるにもか
かわらず、「福祉」という言葉は見当たらないし、人々がそれを
口にすることはやはり「ない」らしい。驚きと同時に不思議な気
がした。辞書にも該当する語彙がなく、社会政策の項に「国民が
日常生活に支障を来たさないように備える政治」との記載がある
だけである。なぜだろうと困惑したが理由は分からない。恐らく
彼らにはノーマライゼーションというのはDNAのようなもので
「そんなの、とうぜんのことじゃないか」ということなのだろう。
勝手ながら自分なりにそう解釈することにした。

なるほど、と思った。よくよく考えるとノーマライゼーションという
言葉は不思議な言葉だ。迂闊には使いづらい言葉だな、と私は感じて
いる。ノーマルで無いものをノーマルにすべき、という主張に聞こえ
る節があるからだ。ノーマルではないということは異常なのか、と怒
り出す人も多そうだ。
そう考えると、「そんなのとうぜんのことじゃないか」という北欧の
姿勢には見習うことが多いはずだ。
また、スウェーデンでは、大抵の人は生涯に四回、住む家を変える
という。両親と暮らす家、独立して一人で生活する家、夫婦や小さ
な子どもと暮らす家、そして老後を暮らす家。そういった家は総じ
て立地もよく暮らしやすい家であることも特徴だろう。
この考えは体が少しずつ衰えてしまう高齢者だからこそ「町の中心
で生活すべきである」という考え方に基づいているという。

元気な高齢者はむろん、身体が衰えようとも高齢者がずっと社会に
参加できる環境を用意し、社会と関わり続けられるようにすることも
北欧の国々のノーマライゼーションである。

ノーマライゼーションは当然で、その先には当然の事象として、都心
の一等地に高齢者の住宅が出来る。これは非常に勉強になる施策だろう。
本当は日本にも福祉社会のノーマライゼーションなどの大げさな言い方
ではなく、個人個人の間に諸先輩への敬愛の気持ちがあることが重要
なのかもしれない。

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