祖母にキスをした日。
キーワード:健康・ヘルスケア
私の父方の祖母は現在、いわゆる認知症だ。やっぱり
認知症、という「事実」は重い気持ちを家族に与える。
以前は当たり前だった会話が出来ない。自分を自分と
して認識してくれない。子供のようになる。体は痩せ
細り以前の元気な面影が無くなる。それを見る度に考
えてしまうことがあった。
「私はシルバーエンターテインメントを提唱しているが
果たして自分の祖母をどこまで楽しませることが出来る
だろうか。」
もしかしたら何も出来ていないのかもしれない。そんな
迷いや悲痛な思いのような嫌な気持ちが体中を掻き毟った。
どこかで誰かに言われた言葉を思い出す。
「都合のいいシニア像を作りあげているのではないですか?
結局はお金儲けだけのためにやってるのではないですか?」
気持ちが弱るときにそういわれると、自分がやっていることは
下らないことなんじゃないか、という迷いを生む。
誰もいないところで一人で泣いた。
最近、祖母のところに3日連続で通っている。1日目は、ただ
怯えたような顔で私を見る祖母がそこにはいた。鼻に空気を
送る装置を嫌がる祖母がそこにはいた。肩を抱くことしか出
来ずそこを去った。2日目も同じような時間が過ぎた。
「きっともう私のことは分からないんだ」
真剣にそう思った。それを認めたくはなかった。しかし、それが
現実で何やら黒い闇に飲み込まれそうだった。
しかし、3日目に奇跡が起きた。祖母のところに行き、
自分の名前を名乗り、ほっぺにキスをした。
5歳くらいのとき、私は祖母にキスをすることを嫌がっていたのを
思い出す。しかし、その時はキスをすることは自然だった。
そうすると、祖母ははっきりと私の方を向き、目を開いた。
そして、こう言ってくれた。
「ありがとう。」
何に対してそう言ってくれたのか、は分からない。しかし、祖母は
何かを感じ取り、私の方を見てそう感謝の言葉をくれた。そんな言葉を
話す祖母は2,3年見たことが無い。
嬉しかった。
報われた気さえした。
頑張ろうと思った。
「認知症」にも自尊心がある、ということを前提にしよう、という
世界に先駆けた日本だけの動きが介護保険の始まりだった。
その理念は確かに正しい。認知症の状態にもやはり物事を感じる
センサーみたいなものはむしろ敏感になり、巨大になっているのでは
ないか、と思う。しかし、それを表現することがすごく大変になるの
かもしれない。
一生、一シルバーエンターテインナー。
少し前に掲げた言葉を思い出す。
私は私が出来る分野で精一杯新しい世界を作っていく。それを再確認
出来た日だった。